「命の響き‐左手のピアニスト、生きる勇気をくれる23の言葉‐」 ~あふれる出る喜び~
昨年、初めて舘野泉(たてのいずみ)さんのピアノリサイタルに行ってきた。
現在79歳の現役ピアニスト。65歳のとき脳溢血で倒れ右半身が不自由になるも、2年後に奇跡の復帰。左手のピアニストとして現在も精力的に活躍中。
その演奏を聴いて衝撃を受けた。美しく豊かで生命力にあふれる演奏は、目を閉じていれば左手だけの演奏とはとても思えなない。鳴りやまない拍手に、長時間の演奏後にもかかわらず、軽く右足を引きずりながら何度も舞台袖から出て来て、アンコールに答えてくださった。
ああ、この方は、自身の演奏によって皆に希望を与えてくださっているんだな…と考えていた。でも、舘野さんご自身の言葉で語られた本書を読んでみて、それは少し違っていたことに気が付いた。
舘野さんの演奏の原動力は、音楽を奏でる喜びとあくなき探求心。。
脳溢血で倒れた後の2年間は、ピアノが弾けずもがき苦しむ日々が続く。どんなにリハビリを続けても右手はもとの動きを取り戻せない。
そんな時、戦争で右手を失った親友のためにイギリスの作曲家がつくった「左手のための三つのインプロヴィゼーション」という曲に出会う。
譜面を広げて何気なく弾き始めたら、自分を閉じ込めていた氷河が一瞬にして溶け、青い大海原が目の前に現れたような気がしました。左手だけの演奏なのに、音が薫り、漂い、爆ぜ、ひとつのまったき姿となって花開いていく。脳溢血で倒れる前と同様に、ピアノを弾くことで世界と自分が一体になっていく…。
何をしても虚ろで生きている実感が感じられなかった舘野さんは、本来の自分を取り戻し、すぐに行動を開始する。
左手のための曲作りを作曲家に依頼し、左手のピアニストとして演奏活動を始めることを決意。
とにかく舘野さん、動き始めたら止まらない。
行く道は一つ
左手で復帰すること
ほかのことは
あとからついてくる
2年間、音楽に対する凄まじい飢えを嫌というほど体験し、苦しみを通り抜けてきた舘野さんは、ピアノが弾ける、ただそれだけでうれしくてしょうがなかったという。
そして、音楽家として左手によるピアノ演奏の新しい可能性にのめり込んでいく。プロとして、妥協は許さない。
凍てついた冬にこそ、萌えいづる緑が準備される。陰を通ってきたからこそ、光は美しい。つらいこと、悲しいことも含めて、この世界と人生を肯定し、抱擁できる人間でありたいと思っています。
舘野さんの信じられないエネルギーの源は、ピアノを奏でる喜び。純粋にそれだけ。
あふれる喜びに突き動かされ、今より先に開ける新しい世界をかいま見たくて、立ち止まることなく歩み続けているんだな。
そんな舘野さん、ピアノの音色だけでなく笑顔も美しく輝いていた。
文字だけでなく、是非、その豊かな音色も耳で確かめて頂きたい1冊。
では、また次回。ごきげんよう。