「長いお別れ」 ~失われていく中で最後に残るもの~
認知症を患う父が亡くなるまでの10年の家族の物語。
実際にアルツハイマー型認知症のお父様を亡くされた経験を持つ著者の手によるこちらの物語、壮絶な介護の現実が、柔らかいユーモアで優しく包まれて表現されている。悲しい結末なのだけれど、ただ悲しいだけではなく、何か温かいものを心の中にそっと残していってくれる。
8つの短編で構成される物語全体の中で、父はひとつ、またひとつと何かを失っていく。記憶、言葉、知性、体の自由…。
ええ、夫はわたしのことも忘れてしまいましたとも。で、それが何か?
それでも、夫婦二人きりで老老介護を続けた妻にはわかっている。
夫は妻が近くにいないと不安そうに探す。不愉快なことがあれば、目で訴えてくる。・・・(中略)・・・長い結婚生活の中で二人の間に常に、あるときは強く、あるときはさほど強くもなかったかもしれないけれど、たしかに存在した何かと同じものでもって、夫は妻とコミュニケーションを保っているのだ。
ずいぶん前に、認知症を患って亡くなった祖母のことを思った。
少しずつ少しずつ、遠くへ行ってしまった祖母。徘徊があって目が離せなかったため、最後の数年はほとんど施設で暮らしていた。
徐々に体力が落ち、最後の日が近づいてくる。「今のうちに最後のお別れを。」との叔父からの連絡に、私も仕事を休んで施設に駆けつけた。
私は祖母にとって初孫だったので、特に記憶が強く残っていたのだろうか。1年に1度くらいしか会えないのに、「あんたには、いつも会ってるから。」と言って笑っていた祖母も、今はベッドの上で苦しそうに息をするだけ。
でも、そっと手をさすっていると、突然「あー、あーーー。」と声をあげ、私の手を握り返してきた。耳が遠かったため会話をなくし、記憶をなくしていき、自分の世界に入っていってしまった祖母。たくさんのものをなくしてしまったけれど、あの時、祖母と私は、ちゃんと何かでつながっていた。
亡くなったときは、とても穏やかな顔をしていたけれど、本人はどんな思いを抱えていたのだろう。
物語の最後に、こんなセリフが出てくる。
「『長いお別れ』と呼ぶんだよ、その病気をね。少しずつ記憶をなくして、ゆっくりゆっくり遠ざかっていくから」
長いお別れ(ロンググッドバイ)。
時間をかけても、それでも最後は突然やってきてしまうけれど、お別れで何もかもなくしてしまうわけではない。
最後に残ったものを大切に忘れずにいたい。
では、また次回。ごきげんよう。